勧誘されました。

昨日、学校に向かう時、エホバの証人の人に勧誘されまして。
まじで急いでたんで(遅刻気味)、「すんませーん」みたいにかわして。
なんか、カードもらっちゃったんですけどね。
ユタ州(だったっけ?)にある本部の写真と、裏にウェブページのアドレスが書いてあってですね。


で、彼女らがいたのが、主に中国からの留学生が住んでるエリアだったんですわ。
まぁ、クリスチャンじゃない人にしたら、エホバの証人だろうがなんだろうが、違いなんて分からんでしょうしね。
そして、彼女らにしたら、「私たちこそ正当な、本物の、ウソ偽りのない、純粋なキリスト教徒です!!!!」って血相変えて主張しそうですけど。


こう、なんていうか、「信者獲得競争」じゃないんだからさー、みたいな思いもあるんですよね。
そういう考え方って、結局は、田中角栄的民主主義=「数は力だ!!!」に落ち着いちゃうっていうか。
特に北米のキリスト教でというふうに聞きますけど、たとえば経営学とか社会学とか心理学とか、社会科学の知を宣教とか伝道にどんどん動員して、「効果」をあげているところもあると聞きます。
でも、個人的にはなんかそういうの、ヤなんですよね。
社会科学は、科学つまり客観性を志向する学問であるべきだ、という思いもありますし、なんか、科学を総動員して信者を獲得したところで、「で、なんなの?」と思っちゃうっていうか。


ま、出来ると思うんですよ、そういうこと。角栄的なこと。
社会科学は、現実を動かす力をある程度持ってるから。
でもそっちの方面で突き詰めてったら、結局、「信仰を科学で補強してる」っていう図式になっちゃうような気がして。
ひょろひょろの信仰を支えてる、マッチョな科学。
そんなもんじゃないはずなんですよ、信仰って。
そんなに弱いもんじゃないはずなんですよ、信仰っていうのはね。
付け加えると、どうも70年代に衰退した行動科学系の学問の流れがそこにはあるような気がしてて。マッド・サイエンティスト的な。