今日は友達のfarewell partyがありました。

彼女は明日、Reginaを立ってアメリカで勉強を続けるのだそうです。
大学二年生だそうですが、僕がその年齢だったときよりも随分としっかりしてるなー、と思いましたよ。
ホント、頑張って欲しいと思いました。


で、彼女もそうみたいなんですが、その友達の多くが天理教の信徒さんみたいで。
あんまり聞いたことのない言葉(「おやさま」とかなんとか)が会話の端はしに出てきたり、天理教の専門の雑誌が置いてあったりして、興味津々で読んでしまいまして。


で、彼ら、自分の生活のなかにしっかりと信仰が根ざしてるんですね。
なんか、ちょっと驚きましたけど。
他宗教の信者の若者ってあんまり見たことなくって、なんか不思議な感覚がしてですね。
彼ら・彼女らが友達との別れを本当に心から惜しんでいる、その心の温かさを支えているのはきっと彼らの信仰なんだろうと思いました。
それを見て、単純に「素晴らしいなぁ」と思いましたよ。
他宗教とかそういうことは抜きにね(こういうこと言うとマズイのかもしれないけど)。
かたや、キリスト者の自分はどうかなーって。
「愛」とか何とか言ってるけど、さてさて…って。
いつの間にか、ヘンテコな枠組みの中で窒息してないかなって。


また、こういう留学生活においても宗教団体って随分機能的な働きをしてるんだなぁと思いましたよ。
信徒のネットワークはこうやって海外でもきちんと機能してるんだなぁって。
こういう具体的なサポートってすごい大切だなって思います。
海外とかそういうことじゃなくってね。


しっかし、中島みゆきの歌はいいね。名曲。